最強筋トレ伝説 - 筋トレの嘘と本当~正しい筋肉の鍛え方~

最強筋トレ伝説





こんにちは、筋トレアカデミーの山本龍二です。

本日は、「ある最強筋トレ伝説」について、
お話したいと思います。

あなたは、「マッスル北村(北村克己)」をご存知でしょうか?
ボディビルに命掛けで取り組み、
39歳という若さでこの世を去った伝説のボディビルダーです。


北村③


今回は、その北村克己氏にスポットを当て、
彼の凄まじいトレーニング法や食事法を紹介したいと思います。

私は直接北村氏と交流があったわけではありませんが、
彼の著書や彼に関する数多くの記事、動画を通じて、
北村氏のボディビルに対する真剣な気持ち、
命懸けの本気な思いというものを感じていました。

今回の記事を通じて、あなたにも、
北村克己という伝説のボディビルダーがいたことを、
ここまでボディビルに命懸けで取り組んだ男がいたという事実を、
是非、知ってもらいたいと思います。

それでは、まず、北村氏の過去の戦歴からご紹介したいと思います。
北村氏はコンテスト時の体重が115kgと日本人離れした筋肉の持ち主であり、
世界を相手にコンテストで戦っていました。

1985年:ミスターアジア90kg以下級(ライトヘビー級)優勝
1990年:世界ボディビル選手権4位
1999年:太平洋世界ボディビル選手権総合優勝
1999年:NPCトーナメント・オブ・チャンピオンズ(ヘビー級)3位

北村氏がボディビルと出会ったのは、2浪して東京大学に合格したあと、
偶然東大ボディビル部の先輩と出会い、
進められるまま入部したのがきっかけだったそうです。

入部数ヵ月後には、関東学生選手権に出場することになったのですが、
当時の体重は55kg程度、筋肉なんてほとんどついておらず、
自らの肉体に情けなさと激しい怒りがこみ上げてきたのでした。

そして、そこから、ボディビルに対する姿勢が変わったのでした。
東大には通わず、日雇いのアルバイトで金を稼ぎながら、
狂ったようにトレーニングするようになったそうです。

また、食事に関しても凄まじく、1日の食事メニューとしては、
普通の食事以外に、卵を20~30個、牛乳を2~3リットル、
さらにサバ缶を3個、プロテイン300gを毎日摂取するといった内容でした。

その結果、1年間で、55kgだった体重は96kgまで増加し、
その翌年には関東学生選手権で優勝したのでした。

ただ、ボディビルに熱中するあまり学業は疎かとなり、
途中から大学の授業には全く出席しなくなり、
とうとう東京大学を中退してしまったのです。

社会人となってからはますますボディビルにのめり込むようになり、
「実業団ボディビル選手権優勝」や「アジア選手権優勝」などのタイトルを獲得し、
その後、海外のコンテストにも果敢に挑戦していくようになったのです。

また、芸能活動も行い、バラエティー番組にも数多く出演していたので、
ご覧になったことのある人もいるでしょう。

しかし、2000年8月3日、世界選手権へ向け厳しい減量に取り組んでいる最中、
異常な低血糖状態となり、急性心不全を引き起こして帰らぬ人となってしまったのです。

享年39。亡くなる数日前にも低血糖で意識を失い救急車で運ばれていたのですが、
この時の体脂肪率が3%以下であったことから、もはや人間の限界を超えており、
体は正常な状態ではなかったようです。

体脂肪率3%以下というと、体脂肪が全く無い状態に近いのですが、
普通の人間では、ここまで体脂肪率を下げることは不可能です。
しかし、北村氏は、精神力の強さが裏目に出てしまい、
肉体の限界を超えてしまったということなのでしょう。

では、北村氏はいったいどんなトレーニングをしていたのかですが、
そのトレーニング法とは、常識外れの凄まじいものでした。

これは、北村氏だからこそ耐えられて、実践することができたとしか言いようがなく、
ここまで限界を超えてのトレーニングは、普通のボディビルダーでは無理だし、
そもそも誰も真似しようとは思わないでしょう。

北村氏が行っていたトレーニングとは、ひと言で言うと、
「筋繊維をずたずたにして筋肉細胞を大きくするトレーニング」だと言えます。

筋肥大を引き起こすには筋繊維を一度破壊する必要があるわけですが、
彼の場合、単なる破壊ではなく、再生不能なくらいまでずたずたにしてしまうのでした。

普通のボディビルダーがここまでやったら身体が壊れてしまうと思われるくらい
とにかく凄まじいトレーニングだったそうです。

北村氏のトレーニングの凄まじさがわかる動画がアップされていましたので、
是非ご覧になってください。 思わず息を飲んでしまいます。





ちなみに彼の筋力はどれくらい強かったかと言うと、
コンセントレーションカールでは、片腕に70Kgのダンベルを持って
自力で3レップやっていたそうですし、ワンバンドダンベルショルダープレスでは、
片腕に90Kgのダンベルを持って3レップやっていたそうです。

とにかく、トレーニングの方法にしても使用重量にしても、
常識外れの凄まじいものだったようであり、
相当な精神力の強さと肉体の強靭さがないと、
同じことをやれと言われても真似は出来ないでしょう。

彼の精神力の強さを物語る伝説的なエピソードがあるのですが、
突然のオファーでアジア選手権に急遽出場することになったとき、
出場を了承したはいいが、4日間で10kg以上減量する必要があったのです。

普通なら4日間で10kg以上も減量することは不可能だと思ってしまいますが、
彼は諦めることなく驚くべき行動に出たのです。

彼は、電車を乗り継いで山奥まで行き、
そこから自宅までの120kmマラソンに挑戦したのです。
当然減量するためのマラソンですから、途中は飲まず食わずで走り続け、
そして、120kmを15時間かけて走り抜き、14kgの減量に成功し、
アジア選手権ライトヘビー級で優勝してしまったのです。

北村氏が行っていたトレーニング法や減量法を推奨するつもりはありませんし、
そのトレーニング法や減量法が正しい方法だったとは思っていません。
結果的にそれで命を落としてしまったわけですから肯定はできませんし、
科学的に見ても疑問点がたくさんあります。

しかし、彼の中では確固たる信念のもとに行われていた
トレーニング法や減量法であって、彼の日本人離れした筋肉の大きさが、
その効果を実証しているのも事実です。

北村氏のような常識外れの凄まじいトレーニング法であっても、
彼にとってはそれがベストな方法だったわけですし、一方で、
それとは真逆のトレーニング法で成功している人もいるわけです。

つまり答えは1つではないということです。
最終的には自分自身がどう結論づけるかなのです。
それだけボディビルとは奥が深いものであり、
だからこそ面白いのです。

今回、マッスル北村こと北村克己氏について紹介しましたが、
ここまでボディビルと真剣に向き合い、ボディビルに生涯を捧げ、
そして燃え尽きた男がいたということを知っていただき、
その上で、彼のトレーニング法や減量法を、
あなた自身がどう受け止めていくかなのです。


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